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大和の国は始まりの時より、歴史の興隆を繰り返してきました。
大きな山小さな山、中くらいの山々が連なって大和魂を育んできました。そしてひとつの大きな山として、ラストサムライを描いた背景の時代がありました。
歴史とはその時々の選択の連続であり、何が正か負は、そのときには推し量ることは難しい。維新改革の時代も、取り残されていく側にも、新しく興される側にも正しさがありました。後の時代から振り返って、初めて意味が見えてくるものもあるのです。確かなことは、大きな山と見える時代とは、優れた人材の宝庫の時代であること。そこかしこに、どの立場にも、眩く、光り輝く人材が群れをなしていた時代。そんなことを改めて見せてくれたラストサムライでした。映画ですから、脚色もあり、サムライ側に一人のクセモノもいない完璧さには、一言ものも申したくなりましたが、少なくとも真髄は捉えていました。それに近い偉人たちが史実に確かにいました。

今の時代は、不安材料で満ちています。
何か大切なものを取り残してきたような・・・
しかしこんな時代だからこそ、必ずどこかから、光り輝く群れとして
起き上がってくるか、すでに起き上がっていると信じたい。
そして時が経ち、未来からこの21世紀を振り返ったときに
歴史に残る人材で溢れ、大きな山の時代であったと言われたら
どれほど素晴らしいでしょうか。
小泉総理やブッシュ、金正日に、フセインなど
どんな位置付けで未来の歴史書に記されるのだろうかと思いを馳せたら
今現在を見る目もまた面白い。
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2005.10.23 / Top↑
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