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太一議員の、中国に対して劉暁波氏釈放を求めるつもりはないのか
という質問にタジタジになり、
ろくろく答弁できない管総理は、しまいに
男女の人権問題を持ち出してその場から逃げ切ろうとした
今朝の国会、みました?聴きました?
幸福実現党 加納有輝彦のブログからの転載です。

思想的ゾンビの菅・仙谷

臨時国会の菅・仙谷コンビの答弁をTVで一部見る。

 二十一世紀というこの時に、なにゆえにこのような思想的ゾンビの二人が、総理・官房長官という日本の最高責任者の地位にあるのか、不思議でならない。この二人の答弁を聞いていると(民主党閣僚のほとんども同じだが)私は、まるで牢獄の中に閉じ込められていくような圧迫感、窒息感を感じる。思想的に広がりがなくなり、空間的に広がりがなくなり、歴史的にも繋がりが絶たれ、人間存在が、社会存在が、単なる機械のように、摩耗していく存在で、油を注入し、ようやく機能を果たしているに過ぎない、人間がそのような一部品に矮小化されていく感じを持つ。

 それらの摩耗した故障寸前の老化した機械としての国民に、油をばらまく、それだけの発想だ。広がらない。可能性が生まれない。未来が拓かれない。

 宇宙時代に進んでいくであろう二十一世紀の初頭、何故に、こんなゾンビ・コンビがトップにいるのか。よほど日本は不運である。運が悪い。

 二人ともが、唯物的社会主義者であることを私は言っている。唯物的人間からは、宇宙時代へと時代を進めるアイデアが湧いてこない。あらゆる可能性を認め心を開いている、自由人からしか、革命的アイデアは出てこない。
 唯物的・社会主義者は、夜空に輝く、満天の星空を見上げない。彼らは、天空を見上げない。
彼らは、人間以上のものを認めない。形而上を認めない。

 このゾンビ・コンビから出てくるのは、「ほこり」だ。本当は、二十世紀の最後、ソ連崩壊と共に、捨てるべきだった二十世紀の遺物「唯物論・社会主義」から出るほこりだ。

 そうなんです。二人から出る言葉は、実は、そのほとんどが、時代錯誤のほこりなんです。
国会議事堂で、この二十一世紀に、二十世紀の遺物のほこりを毎日毎日、吐き出している。TVの窓から日本中にほこりを吐き出している。

 日本が、徐々に薄汚れていく。空間が塵で、見通しが悪くなる。未来を見通す力がなくなる。

我々は、二十一世紀を拓く、光沢のある、艶のある、言葉を欲している。

 私たち幸福実現党のバックボーンにある政治思想・思想は、空間的にも、時間的にも、そして宇宙へも開いているのである。自我自尊と思うなかれ。

 我々は、開いた言葉で、戦う。もう、時代錯誤のほこりはたくさんだ。
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2010.10.14 / Top↑
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