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奄美のアマミちゃんお気楽ブログでお知らせいただいたのですが、今日のたかじんの「そこまで言って委員会」で、金美齢さんが幸福実現党を「あそこが唯一まともなことを言ってた」と評価してくださったそうですね。ガッツ
ちょっと前にも「TVタックル」で三宅さんがおっしゃってくださいましたよね。
惠龍之介さんは、後々の歴史が実現党の正しさを証明するだろうともおっしゃってくださった。
そしてアマミキヨさんのあくまで個人的な予想として、このままでいけば三年から五年以内に、幸福実現党の人間がある日突然に新内閣の閣僚としてひきぬかれるのではないか、青天の霹靂のようなオファーがくると思いますと。

国民に選任され正々堂々と国政の舵取りをさせていただくのが理想ですが、贅沢は言ってられませんので、それでもガッツです。
アマミキヨさんの昨年11/30付けのブログ
「沖縄選と幸福実現党の今後の展望」を再掲載しておられたので
お相伴に預かり、こちらにも転載させていただきます。
ありがとうございます、続く

これから書くことはあくまで私の偏見にみちた意見ですので、鵜呑みにしたらいけません。このブログは用法・用量を守って正しくお使いください(笑)


沖縄知事選は、私から見て「沖縄の建前(仲井真)と沖縄の本音(伊波)と沖縄の良識(金城)の戦い」であったと思います。

これは保守だの革新だの宗教だの思想だのではなく、沖縄県民の「気持ち」そのものであったのだと思いますね。

私は沖縄を愛していますし、沖縄のこともたくさん読んだりしましたし、沖縄にも何度も行きました。そのなかで沖縄にふれて思ったのは、

「沖縄の被害者意識を巧妙に増幅させている存在がいる」

ことと、

「沖縄県民自体が沖縄という狭い世界にとらわれ、沖縄のおかれている危機的状況を認識できていない」

ことです。

そのなかで建前として「予算さえくれれば米軍基地を仕方ないけど置いても良い」という意見。(生活のためなら仕方ない)仲井真さんですね。

本音として「自分達をいじめた米軍なんかでていけ!そして昔よくしてくれた中国と仲良くしよう!」という安直な意見。伊波さんですね。この見方は奄美にもあります。薩摩憎しで琉球統治時代は良かったという安直な考え方ですね。ちなみに琉球統治時代(ナハユ時代)に琉球王朝に対して一番反乱を起こしていたのは奄美でした(笑)

建前と本音、上記二つには、どれも「国防意識」がありませんね。

左翼はまったく触れませんが、『軍隊・軍事力』とは『国家』という存在にとって不可分の存在なのは常識で、人民軍は讃えるくせに自衛隊・米軍を否定する超矛盾はダサすぎてもう指摘する気にもなりませんが、つまり「国家」が「国防」を語らないことは「守るための軍隊なんかいらない!周りに悪人なんかいない!」「警察なんか野蛮な存在はいらない!」と言っているのに等しいんですね。

どうぞ鍵つけっぱで日常生活やってみてください。家や金庫にかける『鍵』とは、『最低限の自衛』なんですよ。

つまり軍隊を否定する沖縄の人々の思想は「沖縄戦の悲劇を訴えながらも、沖縄を護る気はさらさらない、もしくは再びの外患はありえないと盲信している」ということですね。国境はつねに外敵の危機にさらされているのは本来常識なんですけどね。

ここに私は、沖縄の「米軍に保護されていることへの甘え」を感じます。ここに本土側から「そろそろいい加減にしろよ沖縄!」という視線が強くなっていますね。これに対して沖縄の保守層も気付き、声をあげてはいますが、いかんせん数が少ない。

沖縄の人々は信じられないかもしれませんが、本土から沖縄への白眼視は今回の知事選の仲井真知事の姿勢で決定的になりました。これは、沖縄の選択であり沖縄の責任です。

そして、沖縄の良識。金城さんの意見ですね。

金城さんは正論を訴え、見事に大敗しました(笑)

しかし、幸福実現党全体としても保守全体としてもそうですが、「正しいことを言っている人を迫害する」ことに、良識のある人々はだんだんと心を痛めはじめています。なにより、今回の沖縄選の一番大事な争点は「自民も民主も、国益という観点からの明確な指針を沖縄にさしだせなかった」ことにあり、「それを示したのは幸福実現党しかなかった」ということは、保守にとっても「恥じるべき」ことです。(ここは明確に指摘しておきます。)

すくなくとも、この時点で保守層は幸福実現党を批判する術を失いましたね。だって、自分たちは沖縄を遠巻きに見てるだけだったし、仲井真氏への説得もできなかったのですから。(勝手に強調)

「幸福実現党のしていることは保守分裂だ」と批判される方々は、この言葉を吐くに相応の論点を沖縄に差し出せなかったのです。これは、非常に残念なことでしたね。

「勝つための選挙」ではなく、「勝ち負けを捨てて国や地域の未来への指針を述べるための選挙」という姿は、究極の「捨て身の愛国心」をあらわしていると思います。

皮肉にも革新派民主党政権(実質的左翼政権)によって革新思想が実務には何の役にも立たないハリボテだったということが明らかになり、世論的には急激に保守にかたむきつつあります。その流れのなかで、幸福実現党はこれから急激に保守層のなかで認められていくと思いますね。

ただし、決定的になるのは「国家レベルの危機」が現実に起きたときだと思います。そのとき、国のトップ達は「大川隆法のだしている提言しかもう選択する道がのこっていない」状況に陥ることで、仕方なく幸福実現党をひきいれるでしょう。私はあまりそこまで時間はかからないものと予想しています。3年以内には、その動きがでてくるものと思われます。



しかし、保守は沖縄と距離を置き、革新は責任をとろとせず、沖縄の知事は危機が目の前にきてもまだ「米軍基地」を政争の道具にしている。もしくは「基地(防衛力)なんかいらない!」とおままごとごっこの世界観そのままの戯れ言を展開してはばからない。これらにはいずれも「誠」がみられません。

沖縄知事選は日本の今までの姿勢の縮図でもあったと同時に、やはり「国防という観点のタブー」を明らかにしました。

ここに尖閣問題が今後深く関わってくるものと思います。

しかしくれぐれも間違ってはならないのは「沖縄は日本」であり、「沖縄の判断の間違いは、沖縄の責任でもありながら、日本の責任でもある」ということです。

これを沖縄の責任のみにすることは保守のよく使う手ですが、それは論点のすり替えであり、沖縄こそは戦前も戦中も戦後も日本の姿そのものであるということです。

沖縄は日本の縮図として様々な困難のなかにありますが、日本は沖縄を我が血肉として責任意識を明確にし、沖縄はゆがんだ(ここには外部からの意識操作が感じられる)選民思想と被害者意識からの脱却を明確にしなければいけないと思う。
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2011.01.16 / Top↑
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