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ロシア伝道ネットワーク (RDN)NO.15号2011/04/07

★ロシアに愛を込めて★
☆みんなで広げよう!

☆☆ロシアに主の光を!☆★☆

桜 咲久也さんのところからいただきました
ありがとうございます。

    ☆+☆+★+☆+★+☆+☆
北海道正心館小林館長のロシア・コラムその2

『坂の上のヤポーニア』

昨年末、地味ではあるが、とても良い書籍が発刊された。
その名は、

『坂の上のヤポーニア』
(平野久美子/産経新聞出版)


「ヤポーニア」とは、ロシア東方バルト海沿岸の国・リトアニア(語)で、「日本」という意味である。
後に、リトアニアがロシアから独立する際の
「独立宣言」の署名者の一人に名を連ね、
第二次大戦後、旧ソ連軍の迫害の難を逃れてアメリカに亡命し、
ニューヨークの病院で客死したステポナス・カイリースが、
日露戦争の直後、若干26歳のときに、
「日本の勝利」に興奮して書き上げ、
リトアニア国内で大ベストセラーになった
『日本人論』(全三巻)の抄訳である。
 
リトアニアという国を知っている人は少ないだろう。

ロシアとドイツに挟まれた小国として、
長年、独立もままならず苦しめられ、
戦中戦後は、旧ソ連の圧政に多くの犠牲者を出した国である。

1989年の再独立の際には、
全長600kmに及ぶ「人間の鎖」で団結を世界に示し、
このギネス世界記録(600kmの人間の列)は、未だに破られていない。

「大国ロシアには、到底かなわない」と思っていた若きカイリースは、
「日本海海戦」や「奉天会戦」における日本軍の圧勝を見て、
茫然と立ち尽くし、「国民が一丸となって前に進めば、
日本のように、新しい時代を開くことができるのだ!」
「我々も、日本にならって、国家を再生しよう!」 と、
一気に「ニッポン論」を書き上げ、そのベストセラーで国民を鼓舞した。
 

その息吹は脈々と現代にも受け継がれ、
1989年、旧ソ連からの独立の際、国家元首となったランズベルギスは、
ゴルバチョフの使者が、「独立するのはよいとしても、
一体、リトアニアは、(ロシアなしに)
どうやって生き残るつもりなのだ」と尋ねたのに答えて、

「あの日本だって、資源のないチッポケな国だった。
しかし、国民が勤勉で、よく働いた。
我々も、日本をみならってお金を稼ぎ、外国から資源を買うから大丈夫だ」

と答えたという。

トーゴー・ビールに、トーゴー通り

かつて『日本人とユダヤ人』という大ベストセラーを書いた
イザヤ・ベンダサン(山本七平氏)によると、

「私の知っているインド人の高官は、
日本海軍がロシアのバルチック艦隊を全滅させた日、
喜びのあまり、一晩中踊り明かした」 

という。

同じくロシアの圧力に苦しめられていたフィンランドでは、
連合艦隊司令長官・東郷平八郎の顔写真のラベルを張った
『トーゴー・ビール』が発売され、爆発的大ヒットとなった。


同じく有色人種の国・トルコの首都イスタンブールの街には、
『トーゴー通り』、『ノギ(乃木)通り』が現れ、
翌年生まれたトルコ人の子供の名前には、『トーゴー』、
『ノギ』というのが、やたらと多かったという。

これは、外交官加瀬俊一も、エッセイの中で述べているが、
「ある時、ポーランドの小さな村を訪ねたら、
「ノギ」とか「トーゴー」という名前の子供が、
ゾロゾロ現われて驚いた」という。

「先行する白人の大国には、到底かなわない」

と半ば諦めていた新興国の人々にとって、
かつての日本の「坂の上の雲」が、
どれほど大きな希望を与えたかは、
中華民国建国の父・孫文、インド初代首相ネール、
近代トルコの父ケマル・アタテュルク、
エジプト独立の英雄ナセルらが、一様に指摘しているところである。
 
今また日本(幸福の科学)は、全世界のために、
もう一段スケールアップした「坂の上の雲」を目指そうとしている。

世界中の国の「声なき声」が、
我々の出現を心待ちにしていることを忘れてはなるまい。

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2011.04.09 / Top↑
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