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http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120713/stt12071311040003-n1.htm

政党名が国民の生活が第一だなんて、
あの偽マニフェストの上っ面を横取りした無責任この上ない党名だと思うんですが
この”手垢”ついたフレーズについては一言物申したいと思いました。
手垢をこんなふうに使われたくありません。
たかだか、ニュースごときに使われたくない。
許せないと思う。

嬉しいとき、幸福感でいっぱいなとき、それを表して「天にも昇る気持ち」という。実は僕はこの言い回しが大好きなのです。いわゆる知的エリート風の人たちはとかくこういう表現を通俗だ陳腐だとバカにしがちですが、こういうのは以外に馬鹿にしてはいけないと思う。もう少し難く言わないと格好が付かないとか、隣のあいつと同じ言い方をするのはしゃくだとかいうふうになってくると、使い古された言い回しは「手垢にまみれた」とかなんとか因縁をつけられて、だんだんに敬遠されてしまう。
考えてみれば、通俗な表現というのは人間のどこかにそれだけ深く根ざしているものだからこそ広くいきわたって「通俗」になったのだと思うのです。
・・・・・・・・・・・・
 「通俗」には人間の深部に根ざしたものがあることをまず認めたい。そういうものはほんとうに美しいからこそ、通俗になってしまうものをもっている、と。それが「手垢にまみれた」表現だというのなら、まみれた手垢を落としてみようと言いたいのです。だってそうでしょう、いけないのは手垢のほうであって、当の表現そのものには何の責任もないのですから。有元利夫


あ・・通俗で陳腐だとバカにしがちな”知的エリートではない”証しか。なるほど。
すみません たてついて。

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2012.07.13 / Top↑
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